A.N.Y Talks

A.N.Y Talks online   公開インタビュー #1

アートが育む乳幼児からの鑑賞教育

杉浦 幸子

ギャラリーエデュケイター/社会設計家(芸術文化領域)/武蔵野美術大学芸術文化学科教授



新型コロナウイルス感染拡大の影響に伴い延期となっているイベントのゲストに、そのご活動内容やコロナ禍での取り組みなどをインタビュー形式でお話いただくA.N.Y Talks online。今回は、武蔵野美術大学芸術文化学科教授の杉浦幸子先生に「赤ちゃんとびじゅつかん」と「保育園美術館」の二つのプロジェクトに焦点を当てたお話をうかがいました。

(聞き手:渡辺望/アーティスト、A.N.Y Talks 主宰)


まずはじめに「赤ちゃんとびじゅつかん」の取り組みについてお話しいただけますか。

はい、「赤ちゃんとびじゅつかん」プロジェクトでは、こうしたリーフレットも作っているのですが、このプロジェクトは、2014年から科学研究費を取得して始めたプロジェクトで、対象者は赤ちゃん、0歳の中でも、首が座ってお外にも行け、視覚の発達も目覚ましい3か月ぐらいから12か月と、私のほうで月齢を設定しています。加えて、赤ちゃんは1人で動けないので、赤ちゃんと一緒に来てくださるご両親やご家族も対象に含めています。彼らと、美術館という場所を活用していくという取り組みです。
やはり美術館といいますと、アートに関心がある方が中心的に活用する社会教育施設というような位置づけになりがちなので、鑑賞する、アートを楽しむというような人たちとは一見思われないような赤ちゃんに特に焦点を当てて、美術館の楽しみ方や活用の幅広さのようなものを探求していきたいという思いで始めました。


image

プログラムをデザインされるにあたり心がけたこと、受け入れ側となる美術館で特別に準備されたことなどございましたか。

今までいくつもの美術館とご一緒させていただき、今年も予定があったのですが、コロナでいくつか中止になってしまいました。今、様子を見てやっていこうと話しているのが、足利市立美術館と豊中市です。
このリーフレット、今日見てくださっていたり、録画をあとで見ていただいて、見てみたいという方には、こちらからお送りできるので、見ていただけると嬉しいです。科学研究費で作ったリーフレットなので、2014年から17年までご一緒した館を取り上げています。
最初の館は東京都現代美術館です。今、別のところに移られましたが、当時、この美術館の学芸員だった山本雅美さんが研究仲間になってくれて、彼女が企画した展覧会から始め、それ以降、色々な館とご一緒しました。
開館前の大分県立美術館では、作品がまだ入っていなかったので、館の空間や、1階で開催していた大分県の子どもたちの作品展といった、周囲の環境や、いわゆる美術館ピースではない作品でも赤ちゃんたちにとっては鑑賞の対象となるのではないかと仮説を立て、実施しました。
こちらは、パナソニック汐留ミュージアム。都心にある美術館なので、来館される層としては、女性や、少し歳が上の方が多く、また、色が淡い、はっきりとしない人物像を描くパスキンの作品を展示していたことから、都市型の美術館で赤ちゃんの鑑賞をどう行うか、また、パスキンの作品のような淡い画像に赤ちゃんがどのように反応するのかを検証しました。
川崎市岡本太郎美術館では、岡本太郎さんの作品の色や形といった造形的表現がが、赤ちゃんが好きな要素を持っていると思われたため、反応を確かめたくて、ご一緒させていただきました。
東京都庭園美術館では、美術館の建物自体が作品のようで、かつ「こどもとファッション」という、子供服とそれを着たマネキンという立体と平面作品が同居している展覧会だったので、様々な物や場と出会った時に、赤ちゃんがどういう反応をするかを観察しました。
表参道のスパイラルは、商業施設と一緒になっている空間ですが、そこで行われていたかなり大きなインスタレーション展示に、赤ちゃんがどう反応するかを観察したり、川越市立美術館では、企業が収集し、役員室などに飾っていた、お家に飾るような小さめの作品に赤ちゃんがどう反応するか、また1階に赤ちゃんが触って動かせるような、遊具も兼ねた木製の作品があり、それらに出会ってもらうといったことを実施しました。
ご一緒した色々な美術館でのプログラムは、展示も担当される学芸員の方もそれぞれなので、全部ケースバイケースなのですが、一番大切だと思ったのは、学芸員の方をはじめとしたプログラムに関わって下さる方々と、どれだけお話をしていくかということでした。こちらからお話もするんですけど、どちらかと言うと、どういうことをこのプログラムでしたいかということを、学芸員や関わる方々から聞かせていただくという感じでしょうか。聞かせていただいて、こちらからも、じゃあこういうのは?とご提案したりという、キャッチボールがすごく重要だなということです。
あとやはり、赤ちゃんたちに、どういった物・人・場に出会ってもらうかを念頭に置いて、その館ごと、展覧会ごとの特色というものを確認しつつ、赤ちゃんと保護者の方々にできるだけ鑑賞しやすいようなプログラムのデザインを、ケースバイケースでやっているという感じです。  

image

プログラムが実施される場や展示されている作品によっても違いがみられるかと思いますが、具体的に赤ちゃんはどのような反応を示しましたか。また、ある年齢に達しないと鑑賞自体が難しいのではないかという意見もありますが、この点に関して杉浦先生のお考えをお聞かせいただけますか。

後半のほうの質問から先に答えようかなと思います。こんな小さい人たちに鑑賞が成り立つのか、成立するのかという疑問を持たれる方もいらっしゃると思いますが、そこでやはり「鑑賞が成立する」ということが何を意味しているか?ということを今一度問い直したい、といつも思っています。
視覚に障害がある方と鑑賞する場合は、視覚に障害がない方との鑑賞とはまた違う、異なるアプローチをしていきますけれども、もし視覚に障害がない場合、視神経で情報を伝達し、脳内で情報を処理し、「見る」という行為が行われる。そう考えると、目を開いた時点で既に鑑賞が起こっていると思います。
ただ鑑賞と言った時に、単に何かが目に映る、見える、という”see”や、対象の方向に自分から目を向ける ”look at”とはまた異なり、”appreciate”という言葉になります。”appreciate”には、「感謝する」「良さを認める」という意味も同時にあります。見る対象に対して感謝をする、その良さを認める。そういうところまで持っていかないと、鑑賞じゃない、というスタンスをとるのか、そこを今一度問い直すことが必要かなと思っています。
今の話でいくと、赤ちゃんは、もちろん”see”もしているんですけれども、”look at”のような、自分の意思でものに見る、ということをとてもしています。0歳の人たちがアート作品を見たら、彼らは作品から絶対に刺激を受けて、自分たちが見たいことを見るような素振りを見せるんじゃないか、また、彼らはまだ言葉を獲得していないので、アート作品を見て「面白い!」「これ見たかった」とは言わないですけど、言語ではない、違う形で見たものに対して何か反応するんじゃないか、と自分で仮説を立てました。なので、美術館で「赤ちゃんとびじゅつかん」をさせていただく時に、そうした仮説の検証を進めていきました。
また、既に赤ちゃん研究をされている研究者の先生方がいらっしゃっるので、その先生方が既に発見してくださっていた研究成果から学ばせていただき、それも同時に検証しようと考えました。
進めていく中で、赤ちゃんがやはりよく見ていることや、自分の好みがあるようだということ、あと普段の生活で見ているものの記憶を美術館の鑑賞にも重ねてきていることなどが、徐々に見えてきたと思っております。ただ赤ちゃんはやはり話さないので、「そうですか?」と聞いても「そうです」とは言ってくれないので、どこまで行っても今のところ仮説でしかない、という感じですね。ここで、もし良かったら、ちょっと動画を画面共有でお見せしたらいいかなと思うんですが、よろしいでしょうか。


お願いいたします。

これは、今勤務している武蔵野美術大学の芸術文化学科のサイトに、教員の研究活動として、今日のトピックとなっている「赤ちゃんとびじゅつかんプロジェクト」「保育園美術館プロジェクト」の短めの動画をアップしています。ここに今日来てくださっている方は既にご覧になっているかもしれないんですが、初めての方もいらっしゃるかもしれないので。

武蔵野美術大学 芸術文化学科 研究・教育活動 >>



これは、川崎市岡本太郎美術館で2回プログラムを実施した時の2回目の様子だと思います。毎回、実施した後にこうやってアンケートを取り、検証を重ね、デザインを常にブラッシュアップしています(3'21''参照)。
今見ていただいたように、赤ちゃんは、私たちが思う以上に作品を注視し、動いたり、足をバタバタさせたり、時に「まーまー」っていう喃語というか、音を発する、といったさまざまな反応を見せます。私たちの研究では、赤ちゃんの様子を全て動画で記録して、赤ちゃんが大体何秒ぐらいその作品に目を当てているかと、さっきのような反応を場面場面でどう取ったかということを検証している感じなんですね。
もう1つ、国立国際美術館で2018年にプログラムをやらせていただいた時の動画があります。これは打合せから始まり、赤ちゃんたちと出会い、プログラムの開始前に学芸員さんのお話があり、会場の入口ではちょっと展覧会の説明をしていただき、展示室に入っての鑑賞、という流れを全部追っているんですけれども、ちょっと長いので、赤ちゃんがよく動いている辺りをみていただきます。
赤ちゃん研究をされている先生方に伺うと、赤ちゃんはやはり人間の顔にすごく関心がある、それは生存本能からも当然だと思うんですけれども、あとカメラや目玉のように見える光るものにすごい気が引かれるので、人間がいると、アート作品ではなく、人やカメラを見てしまいます。それでもこれだけ作品があると、作品にもかなり意識を向けます。 ノアちゃんっていう彼女はすごくよく活発なんですよ。たぶん8か月ぐらいだったと思います。この展覧会は、80年代の日本の作品を集めて、展示していて、80年代というバブルの頃の状況を反映しているからか、かなり巨大だったり、立体的だったり、色が鮮やかだったり、大きい動きを感じさせる、造形的な要素が強い作品が結構多かったのですが、さっきノアちゃんが見てバーッと動いていたのは、陶器でできた巨大な彫刻で、作品全体が映らなかったんですが、表面に上薬でパールがかかっていてキラキラしています。 この作品には、金色があったり、赤があったり、キラキラしているとか、大きくて立体とか、いわゆる赤ちゃん研究で見えてきている、赤ちゃんが注意を引かれるものが、たまたま凝縮されていて。なので、赤ちゃんがすごく反応しているのを見て「やっぱり研究のとおりなのかな」と思います。「とおりだ」ではなく「とおりかな」ですが、あの作品にはどの赤ちゃんもすごいかぶりついて、よく見ていた、”look at”していたんですね。
なので、こうした状況を「いや、こういうのは鑑賞じゃないですよ」「単に何かの刺激を受けて、赤ちゃんが動いているだけですよ」ともし思う方がいれば、それもありかなとは思うんですよね。だけど私たちは、答えがまだちょっと見えない中ですけれども、やっぱりアートの現場にいるので、作品と出会った時に赤ちゃんが作品から刺激を受けて、身体的な反応が出るのではないかというところを見ていきたい、こうした状況を鑑賞として捉えて、進めている、そういうスタンスなんです。


image

想像以上に赤ちゃんが作品に対して豊かに反応していて驚きました。また、プログラム実施前の保護者の方々への説明であったり、展示室へ入室してからの解説など、とても丁寧にデザインされたプログラムだと感じました。プログラムの実施前後では保護者や担当学芸員、スタッフの方々に変化はみられましたか。

今までのところ、関心がある保護者や学芸員さんたちが「赤ちゃんとびじゅつかん」に関わってくださっています。私から提案させていただき、実施したところもありますが、提案する前提として、提案してもご迷惑じゃなさそう、ご一緒にやっていただけるんじゃないかと思うところにご提案しています。私がこういうところで伝えていることに「そうなのかな」「そうなんじゃないかな」と学芸員さんが共感し、興味をもってくださり、ご提案いただくこともあります。
私には残念ながら子どもがいないんですが、お子さんがいる学芸員さん方は、自分の子どもさんのことを振り返って「多分こういう反応をするんじゃないかしら」と予想していて、実際にプログラムをすると「やっぱりそうね」と思われることもあります。が、「やっぱりそうだ、ということもあったけど、思った以上によく見てるわぁ」「よく反応してるなぁ」「本当に泣かないなぁ」といった驚き、発見の声が聞かれます。
お父さんやお母さんも、ご自分のお子さんが日常生活の中で何が好きかをよく見ていらっしゃるんですけど、ご自宅とは全く違う、美術館という非日常の場所に来て、「こういう作品にうちの子は反応するんだ」と新たな発見をなさっています。また、さっきお話しした「もの・人・場」なんですが、「場」を考えた時、美術館みたいなお家ってないですよね。天井が高くて、特殊な照明あって。実は赤ちゃんって照明が大好きで、光とかスポットだけをずっと見ている人もいるんですね、目に悪いなと思うんですけど。そういうところも併せてご覧になって、日常生活で見られない自分のお子さんの特質みたいなものを発見されて驚かれたり、喜ばれたりすることが多いかなと感じます。
あと赤ちゃんのおかげで、自分だけだったら見ようと思わなかった作品を見ることができたとか、来るつもりがなかった美術館に来ることができたとか、赤ちゃんのおかげでご自分たちが新しい経験を得られたことに、「あー良かった」と喜びを口にされる方も多いと思います。


先ほどお見せいただいた「赤ちゃんとびじゅつかん」のリーフレットにも記載がありましたが、今後、乳幼児向けのプログラムを実施している海外の美術館との連携を視野に入れているということですが、具体的にどのような取組みが考えられますか。

視野には入れつつ、コロナや本務の大学の方が忙しく、具体的にはまだ動けていない状況ですが、オーストラリアのいくつかの美術館で行われている実践に関心があります。”art and baby”とか”program for babies”といったプログラムで、シドニーの現代美術館で現代アートの鑑賞も行われていますし、アボリジニとかインディジナスというような、土地に根差した方たちの作品を扱っているところとかも、赤ちゃんをターゲットとしたプログラムを立ち上げていらっしゃるのを、ネットで調べています。
もう一つ関心があるのは、台湾ですね。ここ数年、台湾に行っているんですが、台湾では美感教育というアートを軸にした教育が開発されていて、その流れの中で、その中で、歳若い、乳幼児の人たちにもかなりのプログラムを開いてきています。
嘉義にできた台北の故宮博物院の別館や台中の国立台湾美術館にも、乳幼児のためのプログラムがあって、ベビーカーを押してくるお母さんがたくさんいました。日本よりももっと敷居が低い感じで、乳幼児を含めた若い鑑賞者が来ているというイメージがあります。
そうしたことから、自分の中では今、台湾とオーストラリアの2つの地域と、リサーチや実践でご一緒できないかなと思っています。


コロナ収束後になるかとは思いますが、今後の海外との連携も非常に楽しみです。ちょうどもうすぐ2ヶ月になる息子がいるので、ぜひ機会をみつけてプログラムに参加したいと考えておりますが、現実的に考えた時に幼い子どもを連れて美術館へ訪れるには、移動時間や交通手段、サポートしてくれる家族の有無など、様々なハードルがあることに気付きました。特にコロナ禍である現在においてはそのハードルは益々高くなっているように感じます。そのような点から次にお話をおうかがいする「保育園美術館」は国内では他に類をみない興味深い取り組みだと個人的に感じています。

「保育園美術館」についてお話いただけますでしょうか。

「保育園美術館」という名前は、私が作ったのではなくて、私のゼミの卒業生が卒業研究で行った「保育園美術館」にインスパイアされて、使わせてもらいました。先にお話しした「赤ちゃんとびじゅつかん」の、ある種の限界性が、そのきっかけです。
「赤ちゃんとびじゅつかん」では、赤ちゃんが美術館に来なければいけませんが、色々な理由で、来ることが難しい、もしくは、来れないという場合があり、その割合のほうが実際にはずっと大きいんですね。美術館はアート作品がある一番の場所なので、そこでのプログラム展開は、もちろんやり続けたいんですが、先のような来れない、来にくい人たちには、よくアウトリーチと言いますが、こちらからアート作品が行く、ということをデザインしなければいけない、とすごく強く感じていました。
そういった時に、ゼミ生の岡聡子さんが、自分が当時アルバイトをしていた保育園を1日限りのテンポラリーな、いわゆる企画展示室にして、0歳から6歳までの園児に鑑賞をしてもらい、その様子を観察する、という研究を行ったんです。彼女は、ある日の午前中、武蔵美の学生の作品を6~7点、保育園に持っていって、簡易的な展示をし、0から6歳の子どもたちに、順番に見てもらう、というのをやりました。
私はゼミの教員として、また、赤ちゃんとびじゅつかんプロジェクトで先ほどのようなことを感じていたこともあり、非常に興味があったので、ずっと、園児の様子を見せてもらいました。0歳から始まって「あぁこんな感じ!」、1歳「ほぉ」、2歳「へぇ」、3,4,5歳と上がっていって、同じ作品に対して、やっぱりこれだけ異なる反応をするんだな、というのもありましたし、保育園という自分たちの居場所に作品が来たことで、ある種、突如として非日常が現れた訳ですが、とは言え、その場所は自分たちの場所という安心感がある。そこがすごく良かったんですね。
それで、岡さんの研究と、「赤ちゃんとびじゅつかん」で感じていた限界性を合わせて、私は、保育園をテンポラリーではなくてパーマネント、いわゆる常設の展示をする場所にしたい、と思ったんです。
そこから、この計画に協力してくださる園を探そうと思い、子どもたちの育つ幼稚園や保育園、認定こども園の園舎をデザインをされている、日比野設計・幼児の城につながりがあったので、相談に伺いました。幼児の城に依頼して、園舎を作る園であれば、海のものとも山のものともつかない、こうしたプロジェクトにも、もしかしたら協力してくださるかもと思いました。
そこでご紹介いただいたのが、東京都羽村市のあおぞら保育園で、この子たちがそこの園児です。子どもって育つのが早いじゃないですか。どんどん育っていっちゃうので、もう今は小学2年生ぐらいになっていると思います。
最初に幼児の城さんにご相談したのが2017年の秋で、それがちょうど「赤ちゃんとびじゅつかん」の最終年でした。翌2018年から保育園美術館プロジェクトをこちらで始めて、2018,2019と、ずっと作品を展示して、定点観察をしながらプロジェクトを進めてきましたが、今年コロナになった、という感じです。


プロジェクトを通して、子どもたちの感性や自主性を育むために実践されたことなどありますか。

率直に言うと、感性って育まなくても勝手に育まれるというか、よっぽど変なことをしなければ普通に育まれるものだと思うんです。感性って「感じる性質」って書きますけど、感じるっていうのは人間の根本的な資質だと思うので、よっぽど阻害しなければ、感性は育まれると思っています。
園に普通にある色々な刺激の一つとして、アート作品があったらいいんじゃないかと考え、常設展示をさせてもらっていますが、毎日作品に会っていると言っても、毎日しげしげと見ているかどうかというと、それは人によって違います。しげしげ見たり、挨拶する子もいれば、作品を気にしない子もいます。
ただ、見ているようで見ていなかったりしても、人間ってどこかで感じていることがあったりするじゃないですか。そういったことを大切にしたいなと思ってやっていると思います。特にアートが好きとか、お絵描きが好きという子じゃなくても、身の回りに作品が普通にあれば、アートと接点ができるかな、という形でとりあえず始めました。
自主性については、押し付けではなく、子どもたちの自主性を尊重したいと思ってます。例えば、私たちが作品を持っていく時には、「この作品を置いていっていい?」と質問して、彼ら自身の気持ちを毎回聞いています。子どもたちから「いらない」って言われれば持って帰る、みたいな。ただあまりそう言われることはないですね。「なんか来たな」「いいよ」みたいな感じです。他の園でやったら、また違う反応があるかもしれませんけど、あおぞら保育園ではあまりそういうことはなかったです。
彼らに作品を選ぶ権利があるということ、預ける時には、できるだけ彼らに聞きながら展示場所を決めるということ。お外にお散歩に行ったりとか、この時は行事のための準備をしているとか、園には園の活動があるので、子どもたちも忙しかったりするので、いつも全部のことができるわけではないんですけど、できる限り「これ持ってきたんだけど、どうする?」という話はしています。

image

保育園美術館にも動画があるので、もし良かったらお見せしてもいいでしょうか。これもご覧になっている方がいるかもしれないんですけど。



これは「保育園美術館プロジェクト」を始めたばかりの頃の様子で、大体5か月分ぐらいを10分弱にまとめたものです。あんな感じで子どもたちの話を聞いて展示する場合もあれば、子どもたちがお散歩などでいない時にちょっと作品を置いてみて、その後の反応を先生方に見ていただくとか。
フィードバックをとるために、メンバーは、定点観測として、毎月1回打ち合わせも兼ねて園に伺っています。メンバーには、さきほどの日比野設計さん、アーティスト、保育に関心がある方がいます。また、日常的なフィードバックを、園の先生方や保護者の意見から取っていただき、定点観測の時にそれを受け取るという二段構えをとっています。


映像の中で作品を入れ替えたり、移動されたりしていましたが、そうすることによって子どもたちにどういった効果があるとお考えですか。

効果があるか、あるとしたらどういう効果があるかまだはっきり分からないですけど、そうした移動が、子どもたちにとっての刺激にはなっているようです。さっきの動画の中で、園長の田中先生が仰っていたんですけれども、自分たちの部屋にある作品は自分たちのもの、というか、仲間という認識が、あの年齢の人たちにはどうも芽生えるそうです。特に年中、年長さんあたりは、仲間化することが多いようです。面白いなと思ったエピソードとしては、おままごとをする時に、作品を自分たちの横に置いて、仲間みたいな感じで作品もおままごとに参加させているらしいです。そのように、自分たちのものという意識を持っている作品が自分たちの場所からなくなることに関して、どんな反応があるかな?というのを見てはいるんですが、なくなるによって、こうこうこういう反応がある、とところまではまだ行きつけてはいません。
ただ、思った以上に拒否反応は少ないなと感じています。「絵がなくなっちゃうから嫌だ!あーん(泣)!」ということではなく、日常生活の中でそういうことってあるね、みたいな受けとめられ方をしているところはちょっと予想外でした。もうちょっと「嫌だ!」とかあるかなと思っていたら、なかったのが、却って新鮮だったというのはあります。


面白いですね。

そうですね、あとはこのプロジェクトの場合は、作品だけじゃなくて、作り手も園に来ることが結構あるんですね。さっきのペンギンを運んでいた辻蔵人さんは武蔵美の彫刻学科を出ているんですけど、彼は作品搬入の時に一緒に来ていて、子どもたちと触れ合う中で関係を作っていって、園の先生方とも関係を作って、今は3か月に1回、ワークショップの講座を持つようになっているんですね。なので、作品が常設的に園に展示されていることが、派生的に人を呼び寄せて、新たな関係性を生み出す、ということもあります。

参加されたアーティストからはどのような反応がありましたか。

今の動画には映っていませんでしたが、京都在住の中屋敷智生さんというアーティストさん。彼から私が購入して自分のコレクションに入れていた作品があるんですが、その作品を私があおぞら保育園の子どもたちに見てほしいと思って、コレクションの貸出しをしたんですね。
彼の作品は、具象と抽象の間にあるような作品で、私が搬入した作品は結構色が綺麗な作品でした。子どもたちには「どうかな?」と思っていたところ、驚くほど、特に年中、年長の子どもたちが、作品に描かれているモチーフで見立てを初めて、「これは植木鉢に見える」「あれは山に見える」と言って、自分たちでどんどん空想のお話や世界を作っていたんです。
そのことを中屋敷さんに報告したところ、京都から東京に来た時に、あおぞら保育園に立ち寄りたいと言って、私がいない時にちょっと立ち寄ってくださったんです。「この作品を作った人だよ」って紹介したら、「えーこの人が?!」みたいな感じだった、ということがあったそうなんです。
その後、中屋敷さんが、自分が所蔵している自分の作品から、2点お貸出しくださったんですね。それは私が貸し出している作品と、タイプが全然違っていて、もっと小さくてオーバル(楕円形)な形をしているんです。その作品を持っていって、子どもたちに見せた時に、「あの作品とこの作品は同じ人が作ったんだよ」と言ったら「え!」っていう驚きがあったり、こちらが思った以上にその作品についてたくさん語ってくれて、中屋敷さんに会ったことも記憶していました。そうしたことごとが相まっての鑑賞となって、彼らから言葉が紡ぎだされてきたということ。それを中屋敷さんにまたお伝えしたら、すごく喜んでもらいました。
作家と子どもたちの間のそうした関係作りみたいなこともあったりします。中屋敷さんに「どう思った?」と突き詰めて伺ってはいませんが、たぶん作家の制作にも何らかの刺激があるのではないかな、と彼らのやりとりを見ていて思います。


image

園児にとってアーティストとの出会いは、新鮮さと驚きを持って改めて作品をみることにつながり、記憶に残る貴重な体験になったのだと想像します。保護者の方の反応はいかがでしたか。また、プロジェクトを実施することで園の評価に変化があったりとか、そういったことはありましたか。

園の先生方からは、保護者の方たちはおしなべて喜んでくださっていると伺っています。また、送り迎えの時に、予期しない形でアート作品を鑑賞することができたり、園で子どもたちと見た作品について家で話したりできた、とか、子どもたちがお家に帰って「今日はあの作品にこんなことがあったよ」といった話をしてくれているらしく、そこから親子の会話が広がったとか。あと、「作品」とか、普段使わないような言葉を子どもたちがお家で使うようになって驚くとか。そういうこともあったりするそうです。
園の先生にも、これをしてほしい、とことさらにお願いをしているわけではなく、自然に子どもたちに接しながら、観察していただくよう、お願いしていますが、先生方もアート作品から刺激を受けていらっしゃると、園長先生に伺っています。
また、こうした取組をしていることを園のホームページなどで発信してくださっていて、あおぞら保育園は園舎もとても工夫されているのですが、ハードだけでなく、園内の活動、ソフトに関しても、こういった新しい取組をしていると、羽村市の中でも知られたり、他園から「どんなふうにやっているんですか?」と関心を持って、聞かれたりすることが出てきているそうです。そういう感じで、ちょっとずつ広がっている、と伺っています。


素晴らしいですね。最後の質問となりますが、今回のプロジェクトはアートを軸に、保育園、アーティスト、建築設計事務所、大学と4つの機関の連携で進められていますが、連携することでプロジェクトにどのような広がりがみられましたか。

やはり視点の多様化でしょうか。様々な価値観の方が入ってくださればくださるほど、プロジェクトのレイヤー、層が増えていくので、それだけプロジェクトに、広がり、深みが出てくると思っています。また、小さい人の育ち。生育に、色々な形で色々な大人が関わることが、子どもたちにとっても、大人にとっても、とてもいい刺激になると思っています。
最初に始めた時には、保育園がそうした形で自分たちのハブになるとまでは思っていなかったんですね。やり始めてからちょっとずつ広がっていって、保育園が、アートを通して、多様な大人たちのハブになるんだということも見えてきました。
あおぞら保育園で実施しているのは、パイロットプログラムなので、他のところでも、難しいことではなく、地域の作家さんとご一緒にとか、子どもたちが描いた作品を展示する、ということもありだと思いますが、ちょっと日常性が高いと思うので、非日常性を生み出すために、別の方たち、例えば武蔵美でも「旅するムサビ」というプロジェクトで、学生たちが自分たちの作品を学校に持っていき、鑑賞しているんですが、生み出されたアート作品を受けとめるのが、美術館だけでなく、それこそ保育園だったり、幼稚園だったり、学校、家庭、様々なところになったら良いと思っています。
家庭でアート作品を買って展示するという習慣が日本になかなかないですよね。言い忘れていましたけど、だから保育園だったんです。子どもたちができるだけ長く日常を過ごす場所に、作品が普通にあるようにしたかった。なので、最終的にはやっぱり家庭にアート作品がある、ということを目指しています。
でもそれをいきなりやるのは難しいので、あの年齢ぐらいの子たちが10年後、20年後、大人になった時に、「保育園にもアート作品があったから、自分の家にも1点絵を置こうよ、子どもも生まれたし」みたいな感じになったら、美術館やギャラリーだけでなく、もっと色々なところに、アート作品が置かれるようになるんじゃないかなと思ってやっています。


子どもたちの未来を見据えたプロジェクトなんですね。日本ではアート作品を購入し飾る習慣を持つ家庭は少なく、子どもたちが日常的にアートと触れ合うことのできる機会は限られているように感じます。そこには飾るためのスペースや保管場所の確保などの環境的要因も大きく関わってきていると個人的には感じているのですが、そういった面でもある程度のスペースを確保できる保育園はまさに最適な空間だと感じました。そして、乳幼児期に1日の大半を過ごす保育園を第二の家庭と捉え、家庭にアート作品がある環境を(ある種)実現されていることに非常に感動しました。家庭と美術館、この2つのフォーマットをつなぐことで、日常の中に非日常が入り込み、子どもたちへの刺激につながっているんだなと思いました。

ここでお伝えしておきたいんですが、私自身は、「保育園」だけでなく、「幼稚園美術館」「認定こども園美術館」「児童館美術館」、そして「家庭美術館」と、どこでも美術館になってよい、なってほしいと思っています。「保育園美術館」は、ゼミ生だった岡聡子さんの卒業研究からインスパイアされて始めましたが、保育をしている保育園であれば、0歳から6歳までの子どもたちが生活をしている保育園が研究対象として良いな、と考え、保育園を選んでいるだけなので、色々なところで色々な形でやっていただくことになるといいなと思っています。

そうですね。取り組みが広く知られ、様々な場で実践されるようになり、乳幼児期から日常的にアートと触れ合うことのできる機会が当たり前となることを願っています。プロジェクトの今後の展開に注目しています。本日はありがとうございました。


image

今後の予定
A.N.Y Talks vol.12「鑑賞、その先にあるもの」
ゲスト:杉浦幸子(ギャラリーエデュケイター/社会設計家(芸術文化領域)/武蔵野美術大学芸術文化学科教授)

※コロナ収束後の開催となります。開催が決定しましたら下記サイトよりご案内いたします。
A.N.Y Talks 公式ホームページ
A.N.Y Talks facebookページ

インタビュー動画の視聴はこちらから >>
ゲストプロフィール >>

 
 

Copyright 2020 NOZOMI WATANABE All Rights Reserved.